#8/友好的な対談
「お前さん、あの娘っ子ん何しとらる」
あの契約者がいれば「身体に障る」とへし折られていたであろう煙管から煙をくゆらせながら、赤髪の男は問う。ひたりとも変わらぬその表情はまさに現つ神、常にそこにあるだけの天照。
ああ、気に食わないな。お互い様だ。
対談なんて実際のところ、大したことはしていない。ただちょっとした近況報告をして、二人で友好的に食事をするだけ。その馬鹿馬鹿しさと言ったらない。
その終わりに現つ神は言ったのだ、叭玲に何をしているかなんて。天照を降ろしたことにより異常に発達した視力は時折こちらを覗いているのではないのかと、そんな有り得ないことを思う。
国、ではない。心の臓の奥のそこ、底を。
「人聞きが悪いな、天雀。お前たちと違って、俺たちには幼い身体に神を宿す力も思想もねぇさ」
「ははは、ありゃぁ苦労せんだろうからなぁお前さんは。答えい、何しとらるか」
瑠璃色を閉じたまま口角を上げる男は、しかし逃がさぬと再び詰め寄る。叭玲に、何をしているのかなんて。
そんなことを知ってどうするというのか、知ったところでどうこうする義務も義理もありはしないだろうに。第一に国の絶対である藤が、他国に必要以上の干渉をするはずがない。うまく治められているように見えてもその地位を狙う一族はいつどこにでもいるはずで、長く国を離れることなどできやしないのだから。加えてその身は凍る国に陽を灯すべく捧げるためのもの。降ろした時点で国そのものとなったと言っても過言ではない、離れないという覚悟を、自らの意思で括ったのだ。
そう、あの男と同じ。国となって神となって、消耗して死んでいく。無様な。
死とは無様だ。ひとである証明だ。
「神の声を聞き続けられるよう、手を貸しているだけだ。知ってるだろうに」
「そいが具体的に何なのかを聞きゃあるんじゃ」
カン。男は煙管から葉を叩き落とす。目を伏せたまんま器用なものだ、そもそもそれは本体が痛むから正しい方法ではないのだが。だから対談のたび変わっているのか、ともすれば契約者にはガミガミと正座でもさせられているんだろう。ひとのように。
そしてなおもぺらぺらとその口は回る。珍しいことではないはずだ、藤本家の血は快活でよく笑いよく呑む。ただそこに静けさと確かな敵意のあることだけが、この場限りの唯一だ。あの男と違う、所詮この程度で底が知れる天雀はまだ、ひとに近い。
そう、生きた人間に、よほど限りなく。近い。
「ペンダント、眩しゃあらしいのう」
「光の反射だ、俺と同じで叭玲だって宣託で心力を消耗している」
「七歳より以前の記憶が無いとも聞いとらるが」
「初めて神を受け入れた反動だろう」
「なにゆえ家族ん会わせちゃらん」
「父親が一人で育てていた子でな、だがその親に少々問題があった」
「ほお?」
お前さんが言いよりゃあか。
男は煙管に新たな葉を詰める。ふ、と捨てるように笑ってやった。
「暴行と合意、どちらがマシだ?」
「変わりゃあせんわ阿呆が」
そいとまず虚言癖治しゃられ。
しかし火をつけることなくそれを放り投げる。適当な嘘はすぐ見つかって、あぁ、荘園の民とはまさに短気だ。殺気がぢりぢりと肌を焼いている。
初めてひらかれて俺を射抜く瑠璃色は、
「今日は終いじゃ、これ以上は吾れが何しでかしやるか分からにゃあでな」
あぁ、恨めしいほど天晴によく似ている。
否。全く同じだ、海をはめ込んだような色。
あの日に俺がようやく死に物狂いで手に入れた、全うな海の色。代償として太陽を受け付けない体になってまで、それでも自らの手で勝ち得たかったもの。それをこんなにも容易くだ、生まれつきなぞで持ち得ている齢たった二十一の現つ神。八つも下の、あの日の俺と同じくせのうのうと神になって久しい瑠璃色の、ひと。
「まったく気が合うな、俺もだ」
この屈辱を忘れはしない。永遠にだ。
さっさと落ちていけ、地の底まで。血で塗り固めてきた歴史に潰されろ。