性生活の一致

現代パロ


「お前中出し好きだよな」
「ッ、!」

 日付けを跨ぐ数十分前。飲んでいた水がまるまる気管に入りかけて、むせた。意地でも一滴すら漏らすものかとげほげほ口を閉じたまま咳をして、落ち着いた頃を見計らい何とか飲み下す。
 一連を若干引きながら見ていた潔癖気味の男を、睨みつけて。

「けほ、っ何の話だ!」
「セックスの話」
「そうじゃねえよ! いや内容自体は、ひ、否定……できねェ、けども……」

 逸れる視線と尻すぼみになる声。余計なことを白状したのだろうが遅い、彼にはもう知れているのだから。否定しようがしまいが今後展開される話とその方向性は既に決まっていて、ならばここで余計な押し問答をするのは時間の無駄というものである。虚しい話彼と接するにあたっては、何においても俺に決定権はないもの、と考えた方があとあと楽なのだ。自縄自縛、に陥りにくい。

「たまにはゴムつけねー? 感覚全然違うし、あとイボつきのヤツ。気持ちいいらしーよ」

 わざとらしく、目をほそめては低い声で誘うさま。「いつも通り」に飽きたのだか何か良からぬことでも思いついたのだか知らないが、すっかり、その気であるらしい。頬杖をついてわらう牡丹色のひとみ、その奥に沈む色めいた欲に、俺はどうにもあてられやすいようで。

「……どうだか」
「ものは試し、だろ」

 すり、と首筋を撫で上げていった手の甲のつめたさに、眉を寄せ肩を下げた。



 そういうことで結局、案の定。流れ流されで辿り着いた有名な、ディスカウントストア……の、黒い垂れ幕の向こう側。棚の前にしゃがみこんだカオルは、なんだかんだとゴムではなく、その横の目にやかましい愉快なパッケージをした――いわゆる「オモチャ」の類いを物色している。馬鹿かと頭を小突いた。

「ンなモン使わねェぞ」
「たまにはひぃひぃ泣かせてみんのもアリかと……俺が暇か」
「暇かどうかで判断すンな」
「乳首吸引とかどお?」
「死んでもやるか!」

 これなら俺も暇しないんだけどなー、など言いながら、愉快というより人を馬鹿にしたようなパッケージのそれを棚に戻す。勘弁してくれ、これ以上腫れたら本気で外に出られなくなる。
 カオルはじゃあまた今度で、と聞き捨てならないことを呟くと、しゃがんだまま隣の棚へ。今度もクソもねェぞと念のため釘を刺しておく。

 あれやこれやと手に取るのを見て、何だかな、と溜め息を吐いた。
 ――中出しは好きだ。あとが面倒で仕方なかろうが変態と笑われようが、この事実は、カオルにだけは認めていい。なににも興味を抱かない彼が、なにを抱えるのも嫌がる彼が、征服をあらわにしてくれるあの瞬間。乱暴にがつがつブッ飛ばしてくれたのならきっと自覚することもなかったのだろうけれど、……スローセックスとかいうやつなのだろうか、あれは。詳しくないし調べるのも何だか居た堪れないというか、気恥ずかしい、けれど。じわじわと、あるいはだらだら、ともかく記憶を失くさず理性だけじっくり溶かしていくような甘やかしに近い行為の果て、カオルが俺を獲物のように定めたひとみで「所有意識」を塗りつけるとき、俺は意識があるだけにどうしようもない多幸感に沈んで、またそれをはっきりと記憶している。
 分かって、いるくせに。気持ちよさなんて二の次で、慰めるように甘やかしてくれる行為と、彼が所有するために直接繋がっているという意識で溺れられるのに。意地の悪い男だ。

「コレとかよくね」
「好きにしろよ」

 言って彼が掲げたのは、薄いだのイボがどうのと書かれたゴム。本当にイボつきのものなんてあるのか、そしてそれを使うつもりなのか。それにしたってどうでもいいので投げやりに返して、じゃ、とレジに向かう彼について行った。

 レジの横には大抵積まれている食品類。なぜか俺がゴムを買わされながら、カオルはそれらを眺めていた。
 会計を終えて声をかければ、

「ラーメン食いてえな」
「……もう自分で買えよ」
「インスタントじゃなくてラーメン屋の」
「どこも閉まってンぞ」

 そんなことを話しながら、ぶらぶらとそのやたらスウェットのヤンキーが多い店を出る。彼曰く、俺は溶け込んでいたらしいけれど。失礼なことを言うな、ちょっと髪が染まっているだけだろう。スウェットなのは風呂上がりだから仕方ない、お前は風呂のあと上を着ないからまともな服を着るにあたって大した手間もなかったのだろうが。

「人相も悪いからね、お前は」
「殴るぞ」
「いやしかしホントにラーメン食いてーな、味噌だわ今これ」
「知らねェよ……朝起きて行け」
「寝たりセックスしたりしたら気分変わるかもしんねーだろ」
「声を潜めろ、刺すぞ」
「ラーメン食いて~……」

 片手で頭を抱えながらラーメン、ラーメンと繰り返す隣の男。
 日付けはそろそろ変わった頃だろう、夕食をとったのは五時間は前になる。こうもやかましくされてはつられて腹も減ってくる、ああ、ラーメンが食いたくなってきた。黒いビニール袋をがさがさ揺らしながら、近所のラーメン屋の開店時間を比較する。二番目に近いバイクで五分のあそこなら確か、朝の六時からやっているはずだ。とかそんなことまで考えてから、いやどう考えても寝たほうがいい、今から六時間起きてまで待つなんて馬鹿げてると頭を振る。

「でも昼混んでっかな……」
「朝起きられない前提なのかよ」
「もう十二時とっくに過ぎてんだぞ、午前中に起きるわけねーだろ」
「日曜だぞ、寝付けなかったら月曜に響くだろうが。起こすからな」
「マジでやめろ」
「もうこのまま起きてろよ、徹夜しろバカ」
「……それもアリか」

 顎に手を当てなにやら考えだす。徹夜をすると言うならまぁ、付き合ってやらないこともない、俺もラーメンが食べたい。
 しかし本当に食べたくなってきた、「そんな気分」など吹き飛んで、もはや空腹しか頭にない。むしろ最中に腹が鳴ったらどうしようだの、そんなことを考えている始末だ。いや笑って終わる話なのだが、それはいいのだが、そうなったらなったでまたラーメンに頭を支配されそうだから集中できそうもなくて困るという、決して恥ずかしいだとか乙女めいた理由ではないことだけ弁明しておきたい。

「……お前のせいで俺までラーメン食いたくなってきた」
「あそこさぁ、何時からやってんだっけ。駅向かって二軒目の……」
「六時。俺は醤油がいい」
「六時間か……しかも並ぶよな~あそこ」
「五時半くらいに行けばわりと」
「マジで」

 部屋について、鍵を回す。黒いビニール袋は一応、寝室のベッドに放り投げて。しかしカオルが向かったのは低いテーブル、そこにまた頬杖をつく。

「あれ進めようぜ、クリクロ。あれだけは食欲を忘れられる」
「セックスは忘れらンねェの」
「してーの? 考えてやらなくはねーけどわりと結構気になるから嫌」
「したくねェよ、ゲームな」

 ああ良かった、彼が気分屋で。眉を下げて仕方なさそうに笑った、ふり。これは安心だ。
 ゴムなんて、隠してしまえばいい。朝までゲームをして飯まで食いに行って、そうすれば彼はこんなもの、忘れる。どうせなんてことない思いつき、ふらふらと行き来する気分が一瞬掠めた興味のひとつ。

 あの熱と隔たれるなんて、俺は御免だ。




 ああ良かった、そんな顔をしている。ばかなやつだと、隠れて小さく息を吐いた。
 実際。イボつきなんていう、玩具めいたものがハマッた時の反応が見たかったのは嘘じゃない。嘘、じゃないけれどまぁ面倒くさい、煩わしいから俺もゴムは嫌いだ。せっかくしなくてもいい男を相手にしているのに、なんだって。
 ナマがいい、そうねだるところが見てみたかったのだ。おっぱじめてからつけようものなら「さみしい」と泣くんだろうから、理性のあるうち、始まる前に提案してやったのに。この馬鹿、どこまでも俺に抵抗を示さないせいで、逆にこっちが困ってしまった。
 ラーメンが死ぬほど食べたいのは本当。たまにはカワイくねだられたいのも本当。後者は今後も期待できそうにない、というかこのゴリラに期待した俺が馬鹿だった。泣こうが仕方ない、隠されるであろうゴムを発掘しておくことにする。
 こいつにもっと前向きかつ積極的な性欲がありゃあな、と思いながら、ゲームの電源を入れる。いや、薄いからこそ陥落させがいがあるというのもまた、否定はできないが。だってこいつをぐずぐずの使いものにならないばかにできるのは、絶対的に俺ひとりなのだから。
 そう自覚させる眉の下がったその笑み、は、あんまり見せないでほしいものである。

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