#4
それは平和な昼下がりのこと。
「ナツキ、どうしたんだその怪我は」
とある双子の片割れ、兄のルイ。水色の髪を揺らしながら、金色の瞳を丸くして、ナツキにそう問いかけた。指差された先には、先日通り魔に襲われた際膝にできた痣。ああ、と、ナツキは右膝を添うように撫でた。
「ちょっとね、通りすがりの異能にやられたの」
「通りすがり程度に珍しい、よほど慣れた人間だったんだろう。呼べば加勢したんだが」
「そんなことしてる暇なんてなかったわよ」
ルイはナツキに、それから自身の弟に対して少々過保護だ。ナツキは人に頼られることこそあれど心配される機会は早々ないため、少しばかりくすぐったい気持ちになりながらくすりと微笑み、金色の三白眼を、優しく見つめ返した。
ルイと双子の弟レイは、とある企業に雇われて暗殺者をしているという。詳しいことはナツキも知らなかった。
ナツキが護衛を頼まれたとある役人が、偶然双子の暗殺のターゲットだったために、戦闘から始まった関係ではあったが、お互いの仕事が終わったあとにスラムでたまたま再会し、通常敵対すべき関係ではないためにナツキが自覚なくルイを絆してしまい、こうして余暇を共に過ごすような仲になっていったのだ。
暗殺とは失敗など許されない仕事であるが、双子もナツキもこうして今生きているのは、ひどく単純な話、人違いだったからである。双子が攻撃を仕掛けた役人は本来のターゲットではなく、レイの確認不足が引き起こした手違いだった。ルイによってその失敗が隠蔽されていることなどは、当然ナツキは知らないままである。
ナツキの住む自宅兼事務所、二人が穏やかに過ごすその足元であるアパートの駐車場スペースでは、レイが千代森に戦闘の訓練をつけている。千代森がレイに稽古をつけてくれと頼み込んでいたのは、まだ記憶に新しい。2人がああして異能を使った訓練をしているからこのアパートに人が寄り付かないのだということに、果たして気付いているのだろうか。
「あなたは優しいのね」
「そんなわけはないだろう、優しかったらこんな仕事などしていない」
「仕事を選べるなら私だって、違う生き方をしていたと思うのだけど」
「そうか?満更でもないというか楽しんでいるように見えるが」
「...否定できない言い方はやめてほしいものね」
拗ねたふりで口を尖らせ目をそらしたナツキとは反対に、彼女より頭ひとつほど背の高いルイは、困ったふりの笑みでもって見下ろした。けれどそれは一瞬で、穏やかになった金の瞳などすぐに伏せられ、続くのは硬い声による言葉。
「それに我々は千秋に、...雇い主に恩がある。自ら選んでこの仕事をする、ただの人殺しだ」
「やっぱり、優しいのね」
どの言葉を拾ったか、それを知るのは本人だけである。水を得た魚のようにぱっと顔を上げ、ナツキは目を細めた。
「ナツキの考えることはよく分からん」
お手上げだとばかり、ルイは呆れたように目を細めて肩を落とした。嫌味や皮肉のない真っ直ぐで絶対的な「肯定」、だからこそ意味が分からない場合はまったく会話にならないのだ。
唯一真意を握っているナツキはそらした顔を電流の散る稽古場、という駐車場へ向け、ただ穏やかに笑っている。
ナツキと千代森、ルイとレイが初めて会って戦闘に及んだ翌日の昼下がり、ナツキは市街地に買い物に出て、食材を買い込んだ紙袋を両手で抱えていた。まだ少しばかり暑い、初秋のことだった。
ふと、走ってきた子供が腰にぶつかってよろけた拍子、紙袋のふちからりんごが転げ落ちた。あ、とナツキが声を漏らして、しかし塞がっている両手にどうしようもなくそのりんごを目で追うと、ぱしと横から伸びてきた手が、地につく前にりんごを受け止めた。腕をなぞって顔を上げると、そこにあったのは、昨日戦った金色の瞳。
「お前は、」
「あら、あなた」
「...」
「ありがとう、...優しいのね」
罰の悪そうに視線をそらしていたルイが目を丸くする、その隙にナツキはりんごを一度ルイの手から引き取って、お裾分けだとまた差し出した。風が吹き、彼は困ったように一度視線を彷徨わせたあと赤いそれを律儀に受け取ると、眉を下げたまま微かに笑って、やはり、そんなわけはないだろうと言った。